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Of Course!!

二次創作のイラストや小説を扱ってます。各作者様方・制作会社様とは一切無関係です。同性愛表現のあるものも置いているので、苦手な方はご注意を。ちょくちょく萌え語り・日常話も混じってます。




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鹿島くんが人魚なパラレルものです。メルヘン要素は皆無どころか死体・刃傷描写を含んでいて暗いです。前に書いた堀ちゃんが魔術師なパラレルとラストの印象が被る気がしますが、気にしないことにしました。


 政行は途方に暮れていた。病で伏せている父親が、医者からも匙を投げられてしまったのだ。恐らく父は長くない。看病を続けていた母も疲れ果てた様子で、父の傍らでうなだれるばかりだ。弟もすっかり塞ぎ込み、言葉もほとんど発しない。まだ諦めたくないのに、日に日に弱っていく父の様子を見ていることしか自分にはできない。
 そんな時、彼が耳にした噂が「人魚の肉を食べればどのような難病でも治る」というものだった。人魚という存在は物語でしか知らず、実在するとは思えなかったが、藁にも縋る思いで政行は旅に出た。
「あの、すみません。人魚がいる場所を知りませんか? 不確かな情報や、うわさ程度のものでいいのですが」
 政行に問われた男が、大きな声を立てて笑い出す。
「人魚って何だよ。そんなのいるわけねぇじゃん! 頭だいじょうぶか?」
 己の頭を指しながら嘲笑する男に、政行は拳を握り締めた。変なことを言っているのは自分でも分かっている。
 誰に人魚のことを訊いても相手にされないことが多く、話に応じた者も訝しげな表情で知らないと答えるばかりだ。それでも政行は、人魚を探すことをやめなかった。どんな薬も効かない父には、もうそれしか希望がないと感じていたのだ。
 旅を始めてからどれほど時間が経ったかも分からなくなった頃、彼は人魚のいる入り江の話を耳にした。やっと得た人魚の情報に胸を躍らせながら、入り江へ向かって走り出す。息も絶え絶えに着いたそこには青々とした海が広がっているが、生き物の気配が全くなかった。水の中を覗いても、魚の一匹すらいない。本当に人魚がここにいるのだろうか。
「あれっ、珍しいこともあるものですね。ここに人間が来るなんて」
 少し離れたところから聞こえた声に振り返る。見ると、岩場の上に誰かが座っていた。だが、その外見は普通ではない。上半身は人間のようだが、下半身は鱗で覆われ、大きな尾ひれもついている。顔立ちは中性的だが、裸の胸元を手で覆っているので恐らく女なのだろう。紛れもなく異形の存在なのに、今まで見たどんな女より美しい。
「ぼーっとしてどうしたんですか? 私を探してたんでしょう?」
 無邪気に笑う人魚に、政行が我に返った。
「念のために訊くけど、おまえはその、人魚だよな?」
「まぁ、そうですね。人間にはそう呼ばれます。それにしてもびっくりしました。人間と会うのは三百年ぶりなんで」
「三百年!?」
 叫んだ彼に、人魚が笑い声を漏らす。
「私たちにとっては別に普通ですよ。人魚についてどういう話を聞いたんですか?」
「俺が聞いた話じゃ、人魚の肉はどんな病気でも治せるとしか」
「あー、ずいぶん中途半端な噂だなぁ。時間が経つとやっぱ全部は伝わらなかったりするのか」
「……どういう意味だ?」
 人魚が溜息を吐いた。
「いやね、確かに病気は治るんですよ。でもその情報だけじゃ正確じゃないです。私たちは、ある程度の歳になるとそれ以上は老けなくなります。その上、人間みたいな病気もなければ寿命もない。いわゆる不老不死ですね。しかも、人魚の肉を食べた人間まで同じように不老不死になっちゃうんです。不老不死になった時点で健康体にはなれますけど、周りみんな歳を取っていく中でひとり歳を取らないし死なないんですよ。人間にとって、そういうの結構きついんじゃないですか?」
 その言葉に、政行が凍り付いた。もしこの人魚の肉を持ち帰り食べさせれば、永遠に終わらない苦しみを父に味わわせることになる。
 目を伏せた人魚が海に飛び込む。政行の目の間でまた顔を出し、
「どうしますか? 私たちの肉は、一切れあれば充分に効き目があります。もしあなたが望むなら、今ここで肉を少し切って差し上げますよ。私でしたらすぐに治りますので、気にしなくて大丈夫です」
 人魚は微笑んでいるが、少し悲しそうにも見える。
「父親の病気を治したいんだ。でも、そんな目に遭わせるわけにはいかない。肉はいい」
「賢明な判断ですね。そうと決まれば早く戻った方がいいですよ。今まで私たちに関わった人間で、幸せになった人は見たことありませんから」
 政行のすねを掴んで押してくる人魚の顔は、やはり整っていて綺麗だ。
「なぁ、一つ訊いていいか」
「私で答えられることなら」
「おまえ、女だよな?」
 人魚が目を丸くする。しかしすぐに笑った。
「まぁ、一応はそうですね。それがどうかしたんですか?」
「……いや、別に」
 用が終わった以上、早く帰った方がいい。助けられないのであれば、せめてきちんと看取りたい。そう思うが、
「おまえ、いくつなんだ? 最後に人間と会ってから三百年って言ってたが」
 彼女のことをもっと知りたいと感じている自分もいる。
 人魚が不思議そうに首を傾げた。
「一つって言いましたよね」
「それは訂正する。人魚なんてそうお目にかかれるもんじゃねぇし、参考に」
「何の参考ですか。それに、自分の歳なんてはっきりと覚えてませんよ。たぶん千年は生きてると思いますけど、確証がないです」
「千年!?」
 政行が目を見張る。
「スケールが違うな」
「すけーるって何ですか?」
「いや、こっちの話だ」
「もう訊きたいことがないなら私は」
「ちょ、ちょっと待て!」
 水に沈もうとした彼女を、政行が手で制す。
「あと一つだけ教えてくれ。これで最後だから」
「別に、構いませんけど」
「よし」
 彼が小さく拳を握った。
「おまえの名前を教えてくれ」
「……名前」
 人魚が何度か瞬きをする。
「そんなの、私にあったかなぁ。もしかしたらあるかもしれませんが、呼ばれることもないので忘れました」
「おまえしかいねぇのか? 家族とか」
 首を左右に振って、人魚が俯く。
「ここに来るまでの間にはぐれたり、肉を食べるために人間に捕まったりして、知っている限りじゃ私しか人魚はいないですね」
 寂しそうな表情の彼女に、政行が手を伸ばそうとした。しかし彼女は顔を上げ、
「とにかく! 私のことはいいですから早く帰った方がいいですよ!」
 力強い瞳で見上げられ、手を引っ込める。確かに長居をしてしまった。
「悪い。世話になったな」
「いえ、私は何もしてませんよ」
 人魚に背を向け、三歩すすむ。後ろを振り返ると、彼女が笑った。
「さようなら、人間さん」
 政行も微笑み返し、右手を挙げた。
「じゃあな」
 彼女から目を逸らし、再び歩き出す。だが、その美しい姿は彼の脳裏に強く刻まれていた。


 帰る時は、行く時ほど時間はかからなかった。それでも数日は費やしてしまったが、父はまだ存命だろうか。
 道ゆく人々が政行を見て、何やら内緒話をしていた。人魚を探すと宣言した時、気が違ったのかと周りの人間にさんざん言われたことを考えると、仕方がないことだろう。
「ちょっとあんた、やっと戻ってきたの!? やっと目が覚めたのね! やっぱり人魚なんていなかったでしょ!?」
 家族ぐるみで世話になっている隣家の婦人から声がかかる。
「いや、今はそんなのどうでもいいわ。あんたんち、多分ひどいことになってるわよ。こんなこと言いたくないけど、何か臭いっていうか。旦那さん、最期は家で過ごしたいって病院を出られてたでしょ? もしかしてもう亡くなって、ご遺体がそのままになってるんじゃないかってご近所さんと話してたのよ」
「えっ? でもそんなことになったら、母や弟が」
「それがね、奥さんも弟さんも、最近ぜんぜん姿を見ないの。何かあったんじゃないかしら」
 政行の背中を汗が伝う。鼓動が速くなり、頭が真っ白になった。
「教えてくださってありがとうございます」
 婦人に会釈すると、自宅の玄関に駆け寄る。扉を開けた瞬間、何かが腐ったような臭いが鼻を突いた。眉をひそめながら、靴を脱いで家に上がる。
「ただいまー。誰かいないのかー?」
 声を発しながらリビングに入った彼は、目の前の光景に立ち尽くした。血まみれで倒れる二つの死体に、虫がたかっている。二人が横たわる床は赤黒く染まり、カーペットやテーブルも汚れていた。かなり腐敗が進んでいるが、服装からすると母と弟に間違いない。
 これはいったい何なんだ。そう思いながら、政行はゆっくりと足を進めた。誰が母と弟を殺したのか、父はどうなっているのか。リビングを通り過ぎ父の自室に着いた彼は、ドアノブを回して扉を押した。この部屋も臭いがすさまじい。ベッドを見ると、やはり虫に群がられている死体があった。その傍らに、血がこびりついた包丁が置かれている。それを見た政行は、自宅を出て走り出した。
 自らの運命を嘆いた父は、きっと無理心中を図ったのだ。母と弟を殺した後、政行も手に掛けようと帰りを待っていたが、先に限界を迎えてしまった。もし政行が自宅に留まっていれば、父の病死は避けられなくても、母と弟は助けることができたかもしれない。
『今まで私たちに関わった人間で、幸せになった人は見たことありませんから』
 人魚の言葉が頭の中に蘇る。思えば、人魚の存在に縋ろうとした時点で歯車は狂っていたのだ。だが父方にも母方にも親類がない政行にとって、血の繋がりがある人間は両親と弟だけだった。だからこそ、どんな手段を使ってでもその家族を救いたかった。なのに、全員いなくなってしまった。人魚を探す旅に出る時点で学校も辞めてしまい、友人たちも離れていった。今の自分には、本当に何もない。
 どれだけ走ったのか分からなくなった頃、政行の心に浮かぶ顔があった。仲間はいないと泣きそうな表情で呟く、誰より綺麗な人魚。その姿を思い出した彼の瞳には、悲しみも迷いもなかった。
 いちど戻って来た道を再び進んでいく。また数日かけて静かな入り江に辿り着いた彼は、息を大きく吸い込んだ。
「おい人魚! 出てきてくれ! いるんだろ!?」
 目の前の水面に波紋が広がる。だんだん大きくなったかと思うと、人魚が顔を出した。
「あれっ、また来たんですか? お父さんは?」
「死んだ」
 人魚が口を大きく開ける。その様子に緩みかけた口元を、右手で隠した。
「そ、そうなんですか。こういう場合はえっと、お悔やみ申し上げます?」
「人魚でもそういうの知ってんのか。別に気を遣わなくてもいいぞ。おまえの肉を諦めた時点で、それ自体は覚悟してたからな」
「それ自体はって、他に何かあったんですか?」
「ああ。家族が全員いなくなっちまった。天涯孤独ってやつだな」
 人魚の表情が強張る。顔から血の気が引いた彼女は、今にも泣き出しそうだ。俯いた彼女の肩が震える。
「やっぱり、私たちは人間に関わっちゃいけないんだ。私たちが」
「おまえ、何か勘違いしてねぇか?」
 人魚が頭を上げた。政行は彼女の前にしゃがみこみ、その目を見つめる。
「人魚が人間を狂わせてんじゃねぇよ。人魚に関わった人間が勝手に自滅したんだ。俺が家族を失ったのも、不確かな噂に縋ろうとした俺の自業自得だよ」
 彼女はたまたま人魚として生まれ、そのように生きてきただけ。
「だから、おまえが気に病む必要はねぇ」
 人魚の肉を不老不死の妙薬、あるいはどのような難病も治せる万能薬として用いることも、その結果として破滅したことも、全て人間の勝手な行いなのだ。
「ありがとうございます。そう考えれば、少しは気が楽になりますね」
 人魚が苦笑する。彼女はこれまでにどれほどの人間の破滅を見聞きし、自分を責めたのだろうか。
「まさか、それを言うためにわざわざ来たんですか?」
「いや、用件は別だ。おまえに提案がある」
 彼女が首を傾げた。
「提案、ですか?」
「ああ。おまえの肉をくれ。不老不死になって、おまえと一緒にいる」
「えっ!?」
 眉を下げた人魚の表情は、何とも言えないものだ。驚きに困惑、絶望も混じっているように見える。
「やけになったら駄目ですよ。生きていれば新しい出会いがあって、きっと素敵な女性と結婚して新しい家庭を」
「おまえの思う人間の幸せってそれだけか?」
 人魚が目を逸らす。
「確かに私は、人間のことをよく分かってないかもしれません。でも、あなたが正常な判断をできているとも思えません。今のあなたは突然ひとりになったことに動揺して、同じく独り者の私を心の拠り所にしようとしてるだけじゃないですか」
 政行が固まる。誰よりも綺麗な彼女に惹かれ、彼女と生きたいという気持ちのままやってきた。しかし、彼女の言葉を否定することができない。そもそも、いちど会って話しただけの相手に寄り添い合うことを了承してもらえると思ったこと自体、虫がよすぎる話だ。だが、
「それでも、他に行くところもねぇんだよ。ここにいるだけいてもいいか?」
「いるのは構いませんが、見ての通り食べられるものは私の肉くらいしかないですよ」
 確かに見渡すと、魚がいないのはもちろん、地面に草の一本も生えていない。
「少し前に毒が海に垂れ流されてきて、私以外の生き物はみんな死んでしまいました」
「それってもしかして、工業廃水か? 工場から流れてきたんだろ」
「こうじょう、って言うんですか? あの煙突がある大きい建物。もうなくなりましたけど」
 海は政行の目から見ると、透き通っていて綺麗だ。本当に汚染されているのか疑問に感じるが、長年ここにいる彼女が言うのだからそうなのだろう。
「まぁとにかく、食い物は自分で考える。とりあえずもう少しここで、おまえと一緒にいたい。その上でやっぱり不老不死になりたいって言ったら、その時は肉をくれるか?」
 見上げてくる人魚は悲しげだ。
「そうですね。その時は考えますよ」
 その時が来ても、彼女が肉をくれるとは限らない。だが、その言葉だけで充分だ。
「ありがとな。これからよろしく頼む。ああそういや、自己紹介がまだだったな」
「いいです。必要ありません」
 返って来た言葉に、政行は拳を握り締めた。


 それからというものの、政行は人魚と様々な会話を交わした。

「ここに来る前は、そうですね。二十人は超えてたと思います」
 考え込みながら人魚が言う。
「前に住んでいたところで、人間による人魚狩りが始まって逃げてきたんです。私たちだって寿命がないだけで、殺されても死なないわけじゃないですからね。ただ前にも話した通り、逃げる途中に捕まった人魚もいました」
「ここに着いた時にはもう、おまえだけだったのか」
「はい」
 ある時は、最初に存在した人魚の数の話。

「そういえば人間さんは天涯孤独って言ってましたけど、お友達とかは」
「いねぇ。人魚を探すって言った時点で愛想つかされた」
 人魚が困った表情になる。
「別に、連絡を取りたいとも思わねぇし」
「でも、仲がよかった人たちなんでしょう?」
「もう関係ねぇよ」
「えー、寂しいなぁ」
 頬を膨らませる人魚に、口元を緩ませる。なぜ彼女が拗ねるのだ。
「それは俺が決めることだろ」
 ある時は政行の交友関係のこと。

「あ」
 政行の声に、人魚が数回まばたきする。
「どうしたんですか」
「家族の埋葬してなかったな」
「はぁ!? 何ですかそれ重要なことでしょう! 今すぐ戻ってやってきた方がいいですよ!」
「そうは言っても、腹が減って動く気力がねぇ」
「食べてないんですか!? 何とかするって言ってたのに!」
 「どうする気なんですか飢え死にしますよ!」と叫ぶ人魚に、政行が笑い声を立てる。
「笑いごとじゃないですって! というか、笑っていられる余裕があるなら食べ物さがせますよね!?」
「まぁ、何とかなるだろ」
「何とかする気があるならここに座ってる場合じゃありませんよ!」
 またある時は、彼の健康状態について。

 人魚と話していると、千年以上も生きている異形の存在とはとても思えなかった。よく変わる表情からは初めて話した時の彼女のあどけなさを改めて感じられ、愛らしさすら覚えた。その純粋な笑顔の下に人間への罪悪感や、長いあいだ募らせた孤独感が見え隠れする度に、彼女を抱きしめたくなった。だから政行は改めて、彼女に願った。
「なぁ人魚。おまえの肉をくれねぇか」
 上半身を水面から出した人魚が、彼を見つめる。
「まだ帰らないんですね。もうお腹は限界じゃないですか?」
 政行がその場に崩れ落ちる。彼女と友好を深めたつもりでいたのは、これからも共にいたいと願っているのは、自分だけだったのか。それが、彼女の結論なのか。
「まぁ今日はもう夜も遅いですけど、明日にでもここを発ったらどうですか」
 どうして彼女は自分を拒否するのだ。彼女と離れることが自分の幸せだと思うのだ。
「あの、人間さん?」
 再び立ち上がった政行が、人魚に近づく。
「明日には帰るって言ったら、一つ言うことを訊いてくれるか? 肉のこと以外で」
「構いませんよ」
「おまえと一緒に寝たいんだけど、できるか?」
 人魚が目を丸くする。
「私が地上に出るってことですか? あまりひれを乾かしたくはないですけど、まぁできないことはないです」
「そうか。なら、頼めるか」
「はい」
 人魚が頷き、右手を地面につく。左手で胸元を隠しながら陸に出ようとする彼女を政行が引っ張り上げ、岸辺に座らせた。彼女を上から下まで見ると、恥ずかしそうに身じろぎする。
「こんなに間近で人間に見られることないので、何だか照れますね」
 少し赤い頬で笑う彼女は、やはりとてつもなく美しい。
 二人で地面に寝転がると、政行が彼女の肩を抱いた。
「寒いから、少しくっついててくれねぇか」
「えー、私とくっつく方が寒くないですか? びしょ濡れですし」
「そのうち乾くだろ」
「それもそうですね」
 おかしそうに笑う彼女が、政行の肩にもたれてくる。
「短い間でしたが、久しぶりに楽しい時間を過ごさせてもらいましたよ。ありがとうございました」
「……そうかよ」
 服が濡れて寒いが、これくらいがちょうどいい。自分の意図は、彼女に気づかれない方がいいのだから。
「お休みなさい、人間さん」
 その言葉から三秒で、彼女が寝息を立て始めた。随分と寝るのが早いものだ。自分に対する警戒心はないのだろうか。
 溜息を吐いた政行が、空いた手でズボンのポケットをまさぐる。一本のアーミーナイフを取り出すと、刃を出した。旅に出る際、念のために持っておいた物がこんなところで役に立つとは思わなかった。
 彼女の言う通り、ろくに食べていない政行はもう限界に近い。だが、彼女も言っていたではないか。この場にある、食べられるもののことを。
 上体を起こし、健やかな寝息を立てる人魚を見下ろす。彼女の下半身へ目を向けた政行は、硬いうろこの上からナイフを下ろした。
「痛っ」
 人魚の表情が苦痛に歪むが、そのまま肉を抉り取る。彼女が飛び起きると、血にまみれたナイフと肉を持つ政行がいた。肉からうろこを取り除いた彼は、その肉を口に含み噛み締める。青ざめる彼女を横目に、彼がそれを飲み込んだ。手についた血を舐め取り、ナイフをしまう。
「一切れで充分なんだよな」
 言葉を失う人魚へ向き直ると、彼女の肩が跳ねた。
「何で、こんな」
「おまえが素直に肉をくれたら、こんなことしなくて済んだのにな」
 間合いを詰めると、人魚が後ろへ下がる。
「これでずっと一緒にいられるだろ? ああそうだ、前に自分の名前は忘れたって言ってたよな。代わりに新しい名前を考えてみたんだ」
 また彼女へ近寄るが、距離を取られた。
「『遊』ってどうだ? 遊ぶって字ひと文字で『遊』。おまえにぴったりだと思うんだが」
「えっ、いやその、そういうことじゃなくて」
 真っ青な顔で人魚が俯く。そんな様子ですら彼女は麗しい。
「やっぱり、人間に関わらない方がよかったんだ。少し一緒にいるくらいならって思ったのがいけなかった」
「何だおまえ、また自分を責めてるのか。自分のせいで人間が不幸になったって。でも間違ってんぞ」
 とても優しく穏やかな瞳で、政行が微笑んだ。
「俺は今、とても幸せなんだからな」
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プロフィール

HN:鳴柳綿絵(なるやなぎ わたえ)
好きな漫画・アニメ・音楽など:ブクログに登録してます

男女CPもBLもGLも好きなCP厨です。公式CPは基本的に好き。安芸の国にいます。
好きなCPは野崎くん:堀鹿、進撃:エレミカetc

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